オープンイノベーションやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)に関するご相談は、近年とみに増えています。「自社でもCVCを立ち上げるべきか」「新規事業部門を作ったが、社内に閉じてしまって機能していない」——表現は様々ですが、根底にある悩みは共通しています。すなわち、外部の知見やリスクマネーの世界と、自社をどう接続するか、という問いです。先日、麻布台ヒルズにある TOKYO VENTURE CAPITAL HUB(以下、VC HUB)を見学する機会を得ました。本コラムでは、この施設を一つのケースとして取り上げ、「場」がイノベーションに対して果たす役割を、経営の視点から読み解いてみたいと思います。
最初に結論を申し上げます。VC HUB から学ぶべき本質は、内装の美しさでも会員企業の華やかさでもありません。それは、「偶発的な出会いと継続的な学びを、運に任せず、施設として意図的に設計している」という一点にあります。多くの企業がオープンイノベーションに苦戦するのは、戦略や制度が足りないからではなく、この「設計された偶然」を欠いているからだと、私たちは考えています。

「集積」そのものが価値を生むという発想
VC HUB は、麻布台ヒルズのガーデンプラザBの4階・5階に位置し、神谷町駅から直結しています。共用エリアは2フロアで約1,000㎡。日本ベンチャーキャピタル協会、独立系VC、そして大企業を母体とするCVCが、あわせておよそ70社集積する、日本初の大規模なベンチャーキャピタル拠点とされています。虎ノ門ヒルズの「ARCH」や「CIC Tokyo」といった既存のイノベーション拠点とも連携し、点ではなく面でスタートアップ創出を促す構想が描かれています。
ここで注目したいのは、「集積」という言葉の重みです。経済学の世界では古くから、同種・関連業種が地理的に集まることで知識の波及や取引コストの低下が起こる「集積の経済」が知られています。シリコンバレーがいまなお比類なき競争力を持つのも、技術・資本・人材・知見が一か所に凝縮しているからです。VC HUB が試みているのは、この集積効果を、日本のリスクマネー供給の領域で人工的に再現することだと整理できます。後発のCVCが、先行する独立系VCの暗黙知に日常的に触れられる環境—その価値は、研修や書籍では決して代替できません。
立場の「可視化」が交流のコストを下げる
施設を象徴していたのが、ネックストラップの運用でした。受付には、VC・CVC・候補・投資先・事務局と、立場ごとに色分けされたストラップが示されていました。一見すると単なるセキュリティですが、私たちはここに、交流設計の妙を見ました。
ビジネスにおける初対面の最大のコストは、「相手が何者で、自分とどう関わり得るのか」を探る時間です。立場が色で可視化されていれば、その探りの工程が省略され、最初から目的に沿った会話を始められます。投資する側と投資される側、支援する側と支援される側が、名乗る前から緩やかに区別されている。この「摩擦の低減」は、交流の総量を増やすうえで、地味ながら効果の大きい仕掛けです。場づくりを検討される企業にとって、示唆に富む工夫だと感じました。

異業種が肩を並べる、ロゴの壁が語ること
施設の奥には、木目の壁一面に入居企業のロゴプレートが並ぶ一角がありました。独立系VCから、素材・化学・電機・建設・食品・金融に至る事業会社系CVCまで、業種を横断した顔ぶれが文字どおり隣り合っています。新規入会企業を歓迎するボードには、大手金融機関の名も加わっていました。
この光景は、CVCがもはや一部の先進企業だけの取り組みではなくなったことを、雄弁に物語っています。事業会社が自らリスクマネーの出し手となり、スタートアップの技術や発想を取り込んで成長を図る—その潮流が、製造業を含む幅広い業種に広がっているのです。私たちがご支援する案件でも、本業の成熟やコモディティ化に直面した企業が、外部の成長エンジンを取り込む手段としてCVCやマイノリティ出資、さらにはM&Aを検討するケースが着実に増えています。VC HUB の入居企業リストは、その縮図のように見えました。

「集中」と「交流」を同居させる空間設計
ラウンジ、サロン、オープンスペースは、いずれも開放的で、窓の外には豊かな緑が広がっていました。木のテーブル、布張りのソファ席、集中作業向けのブース席、軽い打ち合わせに使えるテラス席など、目的に応じて居場所を選べる構成です。ラウンジは合計約80席で最大90名規模のイベントにも転用でき、機密性の高い個室ブースやミーティングルーム、登記まで可能なプライベートルームも備わっています。
注目すべきは、本来は相反しがちな「集中」と「交流」を、同一フロアで両立させている点です。さらにコミュニティマネージャーが常駐し、メンバーの相談に応じながら施設内外をつなぐハブ役を担っています。優れた「場」は、ハコの設計とそれを生かす運用の両輪で成り立つ——この当たり前の原則を、丁寧に体現していました。社内に立派な交流スペースを作ったものの使われずに終わる、という失敗例は枚挙にいとまがありませんが、その差を分けるのは、まさにこの「運用」の有無です。

「余白」こそが信頼を育てる
最も印象的だったのは、壁一面のイベントボードでした。月間カレンダーは付箋で埋まり、過去のイベントを写したポラロイドが所狭しと貼られています。CVC勉強会のような硬派な学びの会から、「ゆるゆるHUB」と名づけられた飲み会、ゴルフ部・ランニング部・テニス部・ピックルボール部といった部活動まで、その幅は驚くほど広いものでした。学びの場についても、一方通行のセミナーではなく、参加者同士が車座で語り合う形式を志向していると聞きます。
経営支援の現場に身を置く立場から申し上げると、この「余白」こそが本質です。投資も提携もM&Aも、最終的には人と人との信頼の上に成立します。商談の前に、コートで汗を流し、グラスを交わした相手だからこそ、踏み込んだ相談ができる。信頼形成の土壌を、施設として意識的に用意している点に、運営の深い理解がうかがえました。効率や合理性だけでは、この種の関係資本は決して蓄積されません。

自社に引き寄せて—三つの問い
VC HUB は外部の集積拠点ですが、そこから抽出できる原則は、自社のオープンイノベーションを設計するうえでも有効です。最後に、経営の現場で立ち止まって考えていただきたい三つの問いを、提示しておきます。
第一に、自社には外部の知見やリスクマネーの世界に「日常的に触れる接点」があるか。年に数回の交流会では、関係資本は育ちません。
第二に、その接点において、社内外の人材が立場や所属の壁を越えて交わる「摩擦の少ない仕組み」を用意できているか。
第三に、成果を急ぐあまり、信頼が育つための「余白」を削っていないか。
オープンイノベーションは、戦略や制度を整えれば自動的に回るものではありません。それは、異質な人々が偶然に出会い、学び合い、信頼を重ねていく「場」の設計に、どれだけ本気で投資できるかにかかっています。VC HUB の見学は、その当たり前でありながら見落とされがちな真実を、改めて突きつけてくれる機会となりました。CVCやオープンイノベーション、あるいは外部成長の取り込みについて課題を感じておられる経営者の皆様にとって、本コラムが思考の一助となれば幸いです。


